一休のひとやすみブログ

日常のあれこれを発信中

コロナ禍の代償

 

 

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今週のお題「お弁当」

今回ははてなブログの話題のテーマにもある

「お弁当」について書いてみようと思います。

 

 

コロナが世界的に流行し始めてこれこれ1年以上が経ちました。

皆様の生活にも変化を与えていると思います。

外出するにもマスクの着用、アルコールによる手指の消毒

イベントの制限、何よりも外食の制限が厳しくなってしまいましたよね。

 

私の1年前はしがない社会人として国民としての義務を果たしながら生活を送っておりました。

朝起きて洗顔して着替えて何も食べずに出勤して働いて帰宅して飯を食べて就寝。

なんの色彩を持たない生活でした。

 

しかしコロナ禍の生活になってから毎日の生活に変化がありました。

それは「お弁当」です。

 

コロナ禍になるまでは、出勤時の昼食は社内の食堂か近くの飲食店で済ませておりました。

食堂の利用だと一回の食事で550円で日替わりランチを食べ

濃い味を求めてたまに外でランチをすると軽く1000円分は食べてしまってました。

昼食にわざわざお弁当を作って持ってくる人をずっと尊敬しておりました。

私は夜飯を軽く作るだけで精一杯であったのにプラスで翌日のお弁当の分まで作るなんて

考えたこともなかったし、作れる自信もなかった。

弁当箱すら持ってなかったし、冷食が苦手でもあったので1人暮らしして毎日の昼食における出費に関しては

まず一番に妥協にた点でもあった。

 

コロナは猛威を奮った。コロナが日本に上陸にてすぐに感染は広まり

緊急事態宣言が発令された。

それは仕事にも影響を及ぼした。

世間では自宅でのリモートワークが普及し出し

私の仕事はリモートとはならなかったが、隔週での勤務になった。

一週間働いたら、次の週は休み。他の従業員との接触を減らすのが目的であった。

 

発令されてからの初めての休みの週。

このタイミングで・・・母親から郵便で高校生の時に私が使っていた弁当箱が送られてきた。

よく実家には帰ってたし、電話もよくしてた。宣言が発令されたタイミングで母親に宣言中は帰省はしないと伝え

他愛のない会話をして電話を終えていた。その会話の中で宣言中は自炊に徹しなさいとの母から軽く言われたのだが

まさか弁当箱まで送ってくるとは、、、

 

送られてきた弁当箱に懐かしみを抱きつつ、母親への感謝を感じた。

学生時代は部活が忙しく、朝も早くて帰りも遅い。

そんな生活にも母親は毎日弁当を作ってくれた。

冷凍食品が苦手であったので弁当の中身は全て母親の手作りの料理が入っていた。

母親も当時は週5でのパートをしており、パートが終わってから家族皆の分の食事を作り

そして弁当までも用意してくれていた。

 

社会人になり自分の分の食事を作るだけで億劫であったのに

プラスで弁当なんて・・・と思っていたが

今、このコロナ禍で勤務が制限されステイホーム期間中ならできるのかもと思い

毎日の自炊、そしてお弁当のおかずの特訓(冷めていても美味しいもの)を行っていた。

 

出勤の前夜に作ったおかずを弁当に詰めていた。

なんかしっくりこない、それは慣れかくるものなのか、単なるおかずの色彩の問題なのか

とりあえず深くは考えずに明日の朝に弁当を忘れないように仕事用のリュックに入れておいた。

 

初めての弁当を持っての仕事。ソワソワした。自分で弁当を作って持ってきているって考えだけで

いつもと違う感じかしてしまっていた。

そして昼食の時間になった。

控室で皆で昼食をとる。今回僕のような新参者や、ずっと弁当を持ってそこで食べている古参の従業員

いつもは外で食事を済ませる先輩従業員も宣言中なのもありコンビニで買ってきていた。

コロナ禍もあり控室はいつもより多くそこで昼食をとる方が多かった。

 

視線が気になる・・・。

いつもはそこに居なかったものが、しかも弁当箱を持ってきているぞ。

勝手にそんな妄想が先行してしまって、作った弁当を開くのが恥ずかしかった。

皆から不思議そうに見られならが私は弁当箱を出して開いた。

案の定、皆の反応は想定内のリアクションで弁当を作ったことにびっくりしたようだ。

 

今でも忘れない、その日の弁当の中身は

白米

卵焼き

えのきを豚肉で巻いたもの

蒸したブロッコリー

そして母の料理で一番好きな、大根の旨辛煮だ。

 

従業員の方々は大いに褒めてくれた

そしてそれが糧になり毎日弁当を作るようになった。

 

コロナ禍にふと母にかけた電話がきっかけで今でも弁当を持って出勤している。

毎日、帰って軽く食べて寝るだけの生活に

帰って夜飯と弁当を作って寝る生活。

少しかもしれないがコロナ禍に付いた生活への色彩。

 

いつか母親に私が作った大根の甘辛煮を食べてもらいたいな〜って

ぼんやりと考えつつキーボードを打っています。

これも親孝行になるのかなってね。

 

私の「お弁当」のエピソードはこんな感じんで現在もなお弁当の生活は続いております。

弁当生活で生まれた簡単なレシピや大根の甘辛煮などを少しずつ

このブログでも紹介していきたいと思います。

長々と読んでくださりありがとうございました!

 

 

今週のお題

#お弁当

#コロナ禍

#親孝行

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